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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)5211号・昭40年(ワ)9568号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、(過失)

(一) <証拠>と弁論の全趣旨(検証現場における当事者の指示説明)を綜合すれば次の事実が認められる(<証拠>中左の認定に沿わない部分は採用しない)。

(1) 本件事故現場は藤沢市街・藤沢橋方面から辻堂方面に通ずる国道二二一号線(幅員約一〇・五米。以下「甲道」という)が同じく鵠沼・江の島海岸方面に通ずる道路(幅員約九・〇五米。以下「乙道」という)と三叉状に交わる交差点であつて、藤沢市街側から見ると甲道はこの地点から右に、乙道は左にいずれもゆるやかにカーブしているが、甲道のカーブの度合がやや大きい。甲道のカーブの外側、特に乙道との分れ目にあたる部分はやや盛りあがつて山状になつており(検証調書添付第九写真参照)、これを境として道路の色に顕著な相違がみられ(同第五写真参照)、これらの点は現場に立つ者をして甲道の方が幹線道路であることを一見して感得せしめる。

甲道の車両の交通は従来からひんぱんであるのに対し乙道の車両交通量は現在は甲道の約三分の一であるが、本件事故当時は乙道が開設されて間もないため、乙道の交通はほとんどなく、一部には工事中の看板も出ているような状態で、本件交差点にも信号機や標識は一切設置されておらず、もとより交通整理は行われていなかつた。

(2) 藤沢市街方面から辻堂海岸へ向け甲道を進行中の原告車<編註、小型乗用自動車>の運転者橘川は、交差点の約二〇〇米手前にある横断歩道で停止信号のため一台のトラツクの後に他数台の車両と共に停止したが、発進して間もなく、左前方の乙道から時速約二〇粁で交差点に接近して来る被告車<編註、普通乗用車>を認めた。同人は現場附近を常日頃通行しているが、乙道は開設後日も浅く、被告車以外には通行中の車両も見当らず、しかも被告車は交差点の直前でさらに減速したので当然国道である甲道が優先し、従つて被告車は一時停止して原告車の通過を待つものと考え、時速約四〇粁のまま進行したところ、被告車が停止しないで原告車の進路を横切ろうとするのを衡突現場の六、七米手前で漸く発見し急ブレーキをふんだが及ばず、また左右に避ける余裕もなく、甲道の中心線に近い地点で被告車の右前部に原告車の左前部を衝突させた。

(3) 一方、被告車を運転し江の島海岸方面から藤沢市街方面に向け乙道を進行して来た被告は、交差点の約四〇米手前で時速二〇粁位に減速し、その頃藤沢市街方面から来る二、三台の車両を認めた。その先頭にあつたトラツク一台は被告の目の前を通過したが、これに続く原告車との間にはかなりの間隔があるようにみえたので、被告は交差点に入る直前でさらに減速したうえ、折から甲道を辻堂海岸から藤沢市街方面に向かつた一台のトラツクの後に追従しようと考え、ほぼ従前の速度のままゆつくりと甲道に入り、衝突地点の三、四米手前に達した瞬間、後部座席の同乗者の叫声にはじめて危険を知つて急停止したが、既に至近距離にあつた原告車を避けるいとまもなく衝突した。

(二) そこで双方の過失の有無、程度につき判断する。

(1) 右の状況にてらすと、まず原告車の運転者橘川は、三叉状の交差点において、見とおしのよい位置にあつた被告車の動向に対する注視を怠り、それが原告車の通過を待つものと軽信して同速度で進行した過失があるといわなければならない。原告は甲道が優先道路であると主張するが、甲道の幅員は乙道よりも明らかに広いとは到底いえないし、国道が常に他の道路に優先するという規定はなく、甲道について優先道路の指定があつたことを認むべき証拠もない。しかも道路の優先如何にかかわらず先に交差点に入つた車両が優先すべきことはいうまでもないところ、前記認定の原、被告車の速度の相違と本件交差点の型態の特異性(検証見取図に「畑」と表示された四辺形区域の北東側の辺を延長した線から上の部分は交差点の範囲に属するといわねばならない)とを考え合せると、被告車の方が先に交差点に入つていたとみるのが自然であり、かりに双方が同時に入つたとしても被告車は左方車両であるから本件交差点において本来優先するのはむしろ被告車であつたというべきである。この点に関する原告の主張は採用し難い。

(2) 他方、前記認定事実に徴すると、被告は、左方すなわち辻堂海岸方面からの車両に気を取られ、原告車との間にはまだかなりの距離があると誤認した過失によつて甲道に進入したものと推認される。この点につき被告は、被告車が既に甲道の中央まで進入し、停止に近い状態で左方からの車両の通過を待機していたところを原告車に衝突されたと主張するが、右事実を認めるべき証拠はない。

また被告本人尋問の結果中、「自分は左方のトラツクに気を取られていたわけではなく原告車にも注意していた」旨の陳述は採用できない(もしそのとおりだとすれば本件事故は生じ得なかつたはずである)。

(3) ところで、道路交通法三五条による優先権を被告側が有していたことは前記のとおりであり、これは本件における過失の軽重を判定するにあたつて被告に有利に斟酌されるべき重要な一要素であるということができる。しかしそれはもとより唯一の決定的な要素ではない。けだし過失の軽重はあくまで具体的な事案の状況にてらして実質的に判断しなければならないからであり、道路交通法三五条の違反に対する罰則(同法一二〇条一項二号)よりも同法七〇条の安全運転義務違反に対する罰則(同法一一九条一項九号)の方が重いこともこれを裏付けるものである。本件についてみるに、さきに認定した甲乙両道路の状況、交通量の圧倒的相違、また原告車の前方には現場から約二〇〇米手前の信号地点をほぼ同時に発進した(従つて原告車との間にさきほどの間隔はなかつたと考えられる)トラツク一台が先行しており、これに対して被告車は乙道からただ一台徐行して来たうえ交差点の直前でさらに滅速していることを考えると、原告車の運転者が被告において一時停止してくれるものと信じたことは、社会通念と運転常識にてらし、ある意味では無理もない誤信であつたとみるべきである(かくいえばとて原告車側の過失を否定するものではない)。そして右のような原告車側の期待は被告としても容易に予想することができたはずであるから(現に被告は、原告車が停止または徐行してくれると考えて甲道に進入したものではなく、原告車の位置を誤認して進入したものであることは本件証拠に徴して明らかである)、かかる被告側の安全運転義務違反の過失もまた決して小さいということはできない。

以上を綜合すれば、結局本件における双方の過失の程度には著しい差異はないものの、なお被告側の過失は原告側のそれよりもやや大であり、その比率は六対四と認めるのが相当である。(楠本安雄)

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